Wadia170 iTransport

実はWadiaの中で、もはや事実上唯一のCDトランスポート。59,800円(税抜き)という価格設定は戦略なのか苦肉の策なのか。戦略とすれば当然、この100年に一度の経済危機を乗り切るためのものでしょう。しかし、Wadiaが本来得意とする筐体設計が生かせなかった末の苦肉の策だったとすれば・・・?


Wadiaは偏執的なまでに徹底した筐体設計をする事で有名ですが、今までのトランスポートにおいてそれが生かされて来たのは、CD再生という物が、アナログレコードほどではないにしても振動に対して脆弱だったからに他なりません。Wadiaが高コストなVRDSを好んで採用していた事からも、それが伺えます。


しかし、iPodをドライブメカとして使う場合、メモリー再生という性質からして根本から振動に対して大変強くなります。加えて、iPodは頻繁に取り外さなければならないために、筐体内に強固に固定する事は不可能で、常にむき出しにせざるを得ません。実際に試してみなければ断言出来ない事ではありますが、果たして心臓部をむき出しにした状態でWadia170本体だけを極端に強固にしたとして、競合他社の製品と市場で比較され、消費者に数十万の価格差を納得してもらえるだけの結果が出せるでしょうか?


Wadiaが選んだ道は、ニッチな市場の製品としては限界までコストを削減し、最低限の強度と品質を保って提供するということでした。これは市場戦略的にもオーディオ的にも正しい道であったと思います。オーディオ的には光(TOS/ST)と同軸とクロック端子だけという位まで徹底出来れば更に良かったかもしれませんが、あまりターゲットを絞り過ぎても短命に終わりますから、やはりこれで正解だと思います。ニッチでもマーケットを育てていけば、ターゲットを絞った製品を出す余地も生まれる事でしょう。

Wadiaは、言わずと知れたアメリカのデジタル技術集団。Power DACで大コケしてからというもの、買収などで肝心の技術者がClasseなど他社に流出し、存続が危ぶまれていました。同社はDSPによるD/A変換を確立したD/Aコンバーターの本家本元ですが、言うまでもなく素晴らしいDACである事は当然として、しかしひねくれた人間はDACではなくトランスポートに着目します。その偏執的なまでに徹底した拘りは回路を収める筐体にまで及んでおり、それが結果としてCDトランスポートにおいても突出した質の高さを誇っていました。主にVRDSを採用し続けた同社ですが、時代の変遷でCDトランスポートがラインナップから消え去り、100年に一度の経済危機のさなかWadiaブランドを救った大ヒット商品が、低価格とは言えやっぱりDACではなくトランスポートだったというのは、なんとも皮肉なものです。


Appleは、今さらですがWadiaと同じアメリカのコンピューターメーカー。オーディオ的位置付けの説明は困難です。あえて無理矢理位置付けるなら、トランスポートのドライブメカを提供するメーカー。世界的大ヒットとなったiPodが、技術の進歩により偶然オーディオ的な価値を生みました。特にオーディオ市場に対して戦略を持つわけでもない同社が、気紛れでオーディオ的に使えない方向へとシフトしてしまうのではという懸念を持つ向きもありますが、しかし100年に一度の経済危機のさなか、果たして極めつけにニッチな需要に対してしかブランドが確立出来ない企業の供給能力と、世界中に需要を生み出すセンスを持った企業の供給能力と、どちらの信頼性が高いか、論を待つまでもありません。これからも小型化、高性能化とモバイルのための耐久性の強化という方向性は変わりようもありませんから、不安よりも期待が勝ります。


CI Audioは、これも偶然ですがアメリカのメーカー。極めつけにニッチな需要を満たす商品を積極的にラインナップしている一風変わった企業です。コンパクトでリーズナブルな商品を主体としているのは、イギリスのCREEKと似ています。ただしラインナップはCREEKよりもずっとユニーク。CREEKが王道的にハイC/Pを目指してリモコン付きのパッシブプリなどを揃えているのに対し、CI Audioはコンパクトな筐体にデスクリートで組まれたA級増幅回路を詰め込み、正相/逆相2系統のRCA出力とすることでバランス出力化を可能としたDACなどがあり、強化電源まで別売するという凝りっぷり。日本の代理店の戦略なのかそれともあまり売れないためなのか、日本の定価に対して本国定価はだいたい半分程度が多く、値段だけ見て判断すると割高感があります。しかし実際に音を聴くと、本国の倍の値付けでも割安に感じてしまうほどのパフォーマンスを発揮するものが多くあります。特にパワーアンプのVMB-1などは小さななりからは信じられないくらいスケールの大きいファットな音を出します。昔聴いたGOLDMUNDのSR POWERが定価30万だった事を考えると、あくまでも感覚的な物差しですが、玄茶屋としてはそれ以上の価値があると言ってしまいたい。

Wadia 170 iTransport専用強化電源です。CI Audioの中でも極めつけにニッチな製品であり、同時にもしかしたら最も売れている製品かもしれません。49,800円(税抜き)という、ほとんどWadia170本体と同じ値段の製品ですが、この小さな箱がWadia170の価値を倍どころではないという程度では済まないほど高めてくれます。


競合他社の製品として、ショップブランドですが、吉田苑のENE-BOXがあります。定価は34,800円(税込み)とVDC-9.0より安いですが、CI Audioが輸入品である事を差し引けば、同クラス品と考えて良いと思います。ちなみに限定品として、既に完売してしまっていますがENE-DOMEというものもあり、そちらは59,800円(税込み)します。違いは箱と付属の電源ケーブルとDCケーブル、使用部品と内部配線、コンデンサ数との事で、ケーブル等を変える前提で買う場合、どちらが良いか迷いどころでしょう。いずれにせよ比較試聴しなければどちらが良いのか判断出来ない事ですが、基本的に玄茶屋ではショップブランドは避ける傾向にあります。あまり偏見は良くないのですが、ショップブランドとガレージメーカーであれば、後者を応援したい。


単なる趣味ですが、VDC-9.0のフロントパネルとWadia170のシルバーモデルが見た目の組み合わせでとても気に入っています。

玄茶屋的には、Mac一台、テラバイト単位のNAS一台、iPod touch 32〜64GBを三台以上、Wadia 170 iTransport、CI Audio VDC-9.0を、一応標準的なiPodトランスポートセットとして定義します。


なんだかんだで50万近くになってしまうかもしれませんが、音楽を聴くスタイルを抜本的に変革させるシステムです。コスト自体はさほど問題ではありません。CDを誤って傷つけてしまうリスクを考えれば、NAS一台程度のコストは見合ったものでしょう。毎度毎度数十枚のディスクを取りに往復する時間のムダや探す手間を省く事を考えれば、iPod touchに数十枚〜百枚程度を同期させてローテーションを組むのは、むしろ日常のフローの時間の有効活用になります。なにより、特に高額なCDトランスポートの所有者の頭痛の種であるメンテナンスのコストとリスクを考えれば、仮にドライブメカに問題が生じても3〜4万程度で丸ごと交換でき、入院させる必要も無いというのは、かなりフレキシブル&リーズナブル。CDのドライブメカにしても、現在残る名機と名高いCDトランスポートの保守部品が続々と底をつき、修理不能が相次いでいます。それに対し新製品の開発は遅れ、選択肢が少ないだけでなく需給バランスの悪化から狭い市場故のインフレが起きています。何を選択するかは自由ですが、狭い市場で息苦しさを感じるならば、広大な世界市場より生まれた変革をその手に掴みましょう。Macは日常的に使えば問題無し。


リッピングによる音質差を問題視する向きもありますが、玄茶屋としてはその点は一切考慮しません。変わる変わらない以前に、Macで読み、NASに保存し、ミラーリングし、iPod touchに同期し・・・と言う具合に単純にチェックすべき要素が多過ぎるのと、仮に変わったとして、

その度にイチイチ全てのCDをリッピングし直す?それとも最善のリッピング方法を見つけ出してからやる?何とも悠長な話ですが、自作PCが趣味ならばそれも良し。しかし即物的に結果を求める俗物玄茶は標準セットに落ち着きます。

余りにも組み合わせパターンの多い製品ですから、ここではあくまでもWadia 170 iTransport / iPod touch 32GB / VDC-9.0のセットを標準とします。また、比較対象は前メイントランスポートであるWadia7一点に絞ります。Wadia7は最終定価1,980,000円のお化けトランスポートなので、比較する事自体が論争を招きそうなのですが、全ては玄茶屋の使いこなしレベル、玄茶屋のシステム水準、玄茶屋の評価基準においての限定された比較ですので、一般論としての結論はほぼ間違いなく出ないということが前提となります。


Wadia170+VDC-9.0の音は、ステレオ再生の宿命として逃れられぬはずの、中空へ定位するが故の浮いて揺らぐという要素がほとんど感じられません。Wadia7でも揺るぎ無い定位は可能でしたが、そもそも揺れてしまうものを押さえつけているのと、最初から揺れないものでは、根本的な部分が異なっているという事を、嫌でも思い知らされてしまいます。明確に音がそこに立ち、止まって、響き、広がる。この揺らがない音の出方は、未体験の領域です。一音一音の軽やかさと明晰さが両立し、深く広く高くという広大な音場において、膨大な音数でも暴れる事無く在るべき一点に音が集約されています。独特の高密度な低域だけは、Wadia7ならではのものでWadia170+VDC-9.0では及びません。ただし、低い帯域も明瞭に描いていますから、質的には必ずしも劣るものではありません。究極を目指して手段を選ばなければ、あるいはその点すら超える事も可能かもしれません。


音量を上げると音数の多いシーンや音圧の高いシーンで音の芯が若干抜けるような印象になりますが、これは筐体の強度不足に依る所が大きいと思われます。


iPotをドライブメカとして見た場合、音楽をCD100枚分程度詰め込んだカートリッジを差し替える要領で数台ローテーションさせれば、数千枚のコレクションがあろうと実用上問題無いどころか、選ぶ手間探す手間入れ替える手間を差し引けば、充分効率的な再生が可能です。


普段ほとんど聴かないCDを本当にすぐに聴きたい衝動に駆られたのなら、少し妥協してサーバーからデータを読み込んでMacやPCの光出力で再生させれば良いだけですし、iPodの中身を一枚残らず入れ替えるような場合でも、1日ちょっと待てば全て入れ替わります。


ただし、頻繁にiPodを差し替える事を考えた場合、Wadia170本体の端子を保護する意味と音質向上的意味を兼ね、Dock延長ケーブルは必須となります。


そもそも、iPodはCDトランスポートで言えばドライブメカのようなものですから、Wadia170の薄い天板に置かれたプラ板に支えられている端子に縦に差すなど、見るからにというか実際グラグラで良い置き場とは到底言えません。色々なお店から補強パーツも売られていますが、底版を厚い金属で補強しようと、天板にカーボンを貼付けようと、構造的な弱さは解消出来ていないため手を出す気にはなれません。コスト度外視なら筐体そのものをアルミの削り出しで作ってしまう事も考えられるでしょうが、Dockの様式そのものが構造的に不安定である事は否めないので、多少の接点増加に目をつぶってでもDock延長ケーブルを使ってiPodを丈夫な土台に平置きするのが最善であると考えます。ケーブルの端子を差す箇所としてだけ見れば、ベストではないもののDockの様式でもそれほど問題はありません。TransparentやMIT等の箱付きケーブルを見ても、接合面には極端に神経を使っているように思えません。恐らくiPodでなくコネクターであれば軽いため影響は軽微なのでしょう。

Mark Levinson No.360Lとの相性は未知数です。ただし、Wadia170付属のACアダプタをCI Audio VDC-9.0に変えた場合の変化の方向性そのものは、No.360Lとの相性の良さを伺わせるものです。Wadia170は音像を骨格や肉付きまで明晰に描きますので、Wadia7の密度の高さによるものとはまた違ったNo.360Lとの補完関係となりそうです。


振動対策にカーボンインシュレーターやステンレス補強板等々出ておりますが、それ以前に振動対策とはまず何よりも土台となるラックが重要であるというのが玄茶屋の見解です。その上で、Music ToolsのISOstatic Referenceは、Wadia170にとっては過ぎたるは及ぶ最上級のおもてなし。厚さの異なる3層の強化ガラスは共振周波数を可聴帯域外に追いやり、同時にガラスの重量によって振動を抑え込みつつ、溶接加工のフレームによって振動を熱に変換します。付帯音をほとんど感じず、音の密度をむき出しにさせ、空間を深く広く感じさせるISOstatic Referenceは、トランスポートにとって最良の選択の一つです。


それでもWadia170の純正のゴム足はあんまりなので、プリズムインシュレーターと大理石を介して設置しています。

製品そのものは今さら紹介するまでもありませんが、玄茶屋としてはドライブメカとしての位置付けで扱います。


オーディオにおけるトランスポートの変遷は、初期のSONYのCDP-R1/DAS-R1セットなどにおいても、ツインリンクという名のクロックを同期させる独自規格があったことからも、単なる装飾ではなく技術者が本気でトランスポートによって音を良くしようと取り組んでいた事が伺えます。ただし、初期の製品以降、何故かdCSが流行るまでクロックに関してさほど焦点が当てられなくなり、むしろドライブメカの機構や筐体の作りに力を入れた製品が多くなります。そのSONYが行き着いた先が、デリケートなレンズを動かさないことで精度を高めようとした光学固定方式で、ESOTERICが追求したのが円盤そのものの揺れを抑え込むVRDS、そして今なお名機として名を残すスイングアームは、レンズの追従速度が速く直下型の振動を受け流すのが特徴でした。どの方式も利点があれば欠点もあり、極端な原理主義者による攻撃的な論争も引き起こす等、いずれにせよオーディオ界に功罪残すほどの名機を輩出しました。


時代の変遷により技術革新が進み、PCによるリッピングというものが確立されます。CDの中身をファイルデータとして高速で取り込むという大変素晴らしいものですが、ほんの数年前までは、音楽好きが持つ数百〜数千枚、下手をすると万に届く枚数のCDを取り込む為には、少々敷居の高いコストを支払わなければなりませんでした。しかも、読み込んだは良いものの、ただCDのデータを再生させるだけにしては大き過ぎるOSに、素人でも組めるが故に基本的に大ざっぱな筐体、普通に組んでも高性能過ぎて様々なノイズをまき散らす上ムダな機能満載のパーツ等々、作る事そのものを趣味とするならばともかく、CDトランスポートの名機を求めるような、即物的に結果を求める人間にとって、PCトランスポートというものは単なる自作PCのとっつきにくさとは違った意味で敷居の高いものでした。


その敷居を低くしてくれたのが、iPodです。専用設計されたものではありませんので当然余計なデバイスも搭載されていますが、しかし桁違いに軽いOSにタッチパネルの操作性の高さと視認性の良さは特筆すべきもので、特にハイエンドオーディオの伝統的な物量投入では到達不可能なほどコンパクト化された高密度な本体は、モバイル市場から生まれた偶然の一致ですが、オーディオとして見れば一つの極致です。ある意味、高密度にモジュール化されたドライブメカと捉える事も出来ます。

Wadia170には、RCA同軸デジタル出力端子、RCAアナログスルー出力端子、Sビデオ出力端子、RCAコンポーネント出力端子、ミニDIN3ピンDC入力端子とありますが、当然玄茶屋ではデジタル出力とDC入力しか使いません。


VDC-9.0のDCケーブルは脱着式で端子も低価格商品なのが幸いして一般的なものなので、自作品などに交換が可能です。

Wadia170付属のACアダプタもCI Audio VDC-9.0も、常時通電が基本で電源スイッチは存在しません。Wadia170には通電ランプがありませんので、VDC-9.0の青いランプだけが唯一通電状態を示してくれています。


DCケーブルは脱着式ですので、その気になれば自作出来ます。良い線材が手に入れば考えたいところ。実行した場合には後日追記します。


電源ケーブルにはELECTRA GLIDEのFATMAN 2000 GOLDを使います。洪水のような情報量を感じさせてくれるケーブルですが、プラスティックのフレームが仕込まれており、ケーブルの数カ所が間接として曲がるだけで捻る事すらままならないという、音以外で選ぶ理由を探すのが難しいキワモノです。艱難辛苦を乗り越え、上流から下流まで各機器に試した上で、このケーブルの特徴である膨大な情報量を最も顕著に感じさせるのが最上流のトランスポートであると判断したわけですが、極めて幸いにもWadia7もWadia170も電源部は別筐体となっており、特にVDC-9.0はコンパクトなのでケーブルに合わせた設置が可能です。なお、接続するコンセントの向きは、向かって右側にアースピンが来る横向き限定です。それ以外ではVDC-9.0が90度ないし180度回転する羽目になります。


電源部の設置には制限がありますので、VDC-9.0はMusic ToolsではなくKRIPTONのDIE HARD Mk2 SCOOPの上に、プリズムインシュレーターを介して置いています。内部に鉄球が仕込まれ、振動をよく吸うボードなので、トランス電源にとっては良い置き場かもしれません。


別室においてあるDENKENのDA-7050HG(200V入力仕様)から、Synergistic Researchを模して片側をPADのCRYO-L2とした自作の電源ケーブルを介して、電力を供給しています。

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